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最高裁判所第二小法廷 昭和48年(行ツ)32号 判決

東京都墨田区業平二丁目九番一三号

上告人

長棟至元

右訴訟代理人弁護士

梅沢秀次

安田秀士

東京都墨田区業平一丁目七番二号

被上告人

本所税務署長今井善作

右当者間の東京高等裁判所昭和四六年(行コ)第一四号所得税更正決定処分取消請求事件について、同裁判所が昭和四七年一二月一三日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人梅沢秀次、同安田秀士の上告理由について。

原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)が、その適法に確定した事実関係のもとにおいては、上告人の本件資金貸付行為は所得税法上の事業に該当しないとした判断は、正当として首肯することができ、その過程に所論の違法はない。なお、所論のうち違憲をいう部分は、原判決の右判断が違法であることを前提とするものであつて、その前提においてすでに失当である。論旨は採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小川信雄 裁判官 岡原昌男 裁判官 大塚喜一郎 裁判官 吉田豊)

(昭和四八年行ツ第三二号 上告人 長棟至元)

上告代理人梅沢秀次、同安田秀士の上告理由

第一点 原判決は所得税法第二七条、第三五条、第五一条二項、四項の解釈適用を誤り判決に影響を及ぼすこと明らかである。

1. 所得税法の「事業」の認定には客観的要件たる同一行為の反覆継続性があれば足りるのであつて、原判決がこの他に社会的客観性を要件として要求しているのは誤りである。

事業の認定のために社会的客観性をも必要であるとしての物的(施設等)、人的要件が具備されることも要求するならば自由職業に属する事業所得の大部分は雑所得とされることになり、雑所得の包括的規範性に反する結果となる。所得税法は所得の種類を利子所得以下一〇種類に類型化しているが雑所得以外の九種類の所得についてはそれぞれ要件を規定し、雑所得については「雑所得とは、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得及び一時所得のいずれにも該当しない所得をいう」(法三五条一項)と規定している。この構成から明白なように所得税法は所得は雑所得以外の他の九種類の所得のいずれかに類型化することを原則とし、例外的に九種類の所得のいずれにも該当しない所得がある場合に全ての所得を課税対象として把握するために雑所得に該当させることとしているのである。

本件の場合は事業所得か雑所得かが争点となつている場合であり単に法二七条一項の要件に該当するかどうかを独立的に判断するのではなくて法三五条一項との前述の如き関連性をふまえて判断する必要がある。所得税法第一章第一款の全体的な法意である以上の如き雑所得の包括的規範性から見れば本件争訟の如く事業所得か雑所得かが問題になつているときに(そして一般的にも事業所得といえるかどうかが問題になる事業の大部分は雑所得との関連で問題になるのである)事業の認定の要件として「社会的客観性」をも要求することは誤りである。

所得税法上事業所得と雑所得とでは「貸倒れ損失」の計算をめぐつて前者の場合には事業収入によつて損失を控除しきれないときに他の所得からの損益通算が認められ(法五一条二項)後者の場合には他の所得からの損益通算が認められない(法五一条四項)という差別が設けられている。両者の間にこのような差別を設けること自体憲法一四条、三〇条違反の疑いがあるが、法の趣旨は事業の場合には大規模な貸倒金が予想されるのに対して事業規模に至らない場合には他の所得から控除しないと控除しきれないほどの貸倒損失は例外的であるということではなかろうか?然るときには事業の要件として「社会的客観性」まで要求するのはいよいよ誤りであること明白である。従つて雑所得に属する場合は厳格に例外的な場合と解すべきであり雑所得ではなく事業所得に該るというためには同一行為の継続的反覆性があることで充分であるというべきである。(阿南主税「所得税法体系」(ビジネス教育出版社)六一三頁。大阪地裁判決昭和二六年五月三〇日、名古屋地裁判決昭和三八年二月一九日、福井地裁判決昭和三九年一二月一一日参照)

この点につき原判決は「およそ金銭の貸付から生ずる所得が事業所得に該当するか否かは……貸付のための施設および広告宣伝の状況その他諸般の状況を総合勘案して判定すべきものであつて……」(三頁裏)、「高橋堅二は合同印刷株式会社の経理担当者であり、高橋睦子は同人の妻で、控訴人が同会社に対して賃貸している建物の管理人であつて、控訴人が高橋睦子に支払つた給与は、控訴人の同建物賃貸による不動産所得計算上の必要経費として控除されている。控訴人は金融業の届出をしておらず、昭和三四年から昭和四〇年まで貸付金の利息収入を雑所得として申告している。以上の事実を原判決の認定した事実に加えて検討すると控訴人の資金貸付行為は、所得税法上の事業に該当しないものと解するのが相当である」(五頁裏~六頁表)としている。そして一審判決は「原告は金融業者としての届出をしておらず、独立した事務所も有していたわけでなく、高橋睦子等を使用して合同印刷の一隅で貸付事務を処理させていたにすぎず、もとより金融業の宣伝活動を行つた事実もないことを認めることができ……」(九枚目表)としている。

以上の如く原判決は事業所得に該当するとするための要件として同一行為の反覆継続性のほかに独立した事務所、専任の事務員、金融業の届出、金融業の宣伝広告等の事実までをも要求しそいるが、これは前述の如く法第二七条、第三五条、第五一条二項、四項の法意を正しく理解しないものであつて誤りである。

2. 営利目的、継続性の判断について、及び経済的実質的解釈の必要性

(イ) 〈1〉上告人の合同印刷に対する貸付は昭和三九年一二月三日の五〇万円一口で貸付利率は日歩三銭であつた〈2〉(株)静わさびに対する貸付は昭和三六年一一月二一日の五〇〇万円と昭和三七年四月二四日の一〇〇万円の二口であつた〈3〉の(株)森島直線工業所に対する貸付は昭和三七年一〇月一〇日から同年一二月二五日まで五回にわたり合計一〇〇万円であつた〈4〉小河内観光開発(株)に対する貸付は昭和三四年七月から昭和四〇年一〇月まで二二回にわたり合計三三一九万五一四六円であつた――ことは当事者間に争いがない。以上の貸付金合計額は四〇六九万五一四六円という高額にのぼり、昭和三四年七月から昭和四〇年一〇月までの六年余の期間に亘つて反覆継続されているのである。また上告人の右貸付金の主要部分は上告人が中央信用金庫駒形支店から借り入れて資金調達していたこと、右貸付金の利息は日歩三銭以上であつたことの各事実は原判決も認めるところであり、この利息収入が上告人の各年度の総所得中に占める割合は一二・七%ないし二三・二%以上にのぼつている。右の点について原判決は「仮りに昭和三四年度から昭和三九年までの間における控訴人の小河内観光開発(株)よりの利息収入が----としてもその各年度における総所得金額に対する割合は一二・七%ないし二三・二%にすぎない」(三頁表)と説示して前記諸事情を上告人の継続的貸付が事業であると認するにあたつて否定的材料と評価しているが、このような判断はあまりにも経済界の実情からはずれた誤つた評価である。

税法の解釈にあたつては経済的実質的な解釈が要請されるのであつて(東地判昭和四〇年一二月一五日、同昭和四〇年四月三〇日等参照)、昭和二六年基本通達九三(一)但書、(二)が貸金に関して他から借り入れて貸付けている場合、貸付金額が五〇万円を超える場合には事業に該るものと認定すべしとしていたのはなぜなのか?昭和二〇、三〇年代の経済界の実情にあつて五〇万円以上もの金額を貸付けるのは多額な貸付けであると考えられ、他から借り入れて貸付けるのは通常、事業として貸しつけていると考えられていたからにほかならない。このことをおもうとき原判決の前記評価はあまりにも税法解釈の基本原則たる経済的実質的解釈からはずれた形式的恣意的な解釈であるとの譏りを免れない。

(ロ) 次に原判決は上告人の貸付の態様について「これら四社に対する貸付はいずれも貸借に関する証書を作成せず、物的担保の設定を受けることなく、かつ保証人を立てることもしないでなされたものであるが、小河内観光、合同印刷(株)、(株)静わさびの三社は当時経営状態が悪く、銀行から融資を受けることが困難であつた。」(五頁表~裏)と認定してこの事実を上告人の継続的貸付行為の事業性認定につき否定的な材料と評価している。

中小企模の金融業者が貸付をなすにあたつて人的、物的担保を設定しないで手形貸付を行なうことはむしろ通常行なわれているところであつて(本件の場合原判決は貸借の証書も作成しないと認定しているが、本件の場合も手形を受けとつて貸付けているのである。)上告人の貸付が担保を設定しない形態でなされていたからといつてこれを事業性の判断につき否定的材料と評価することは誤りである。貸付先会社の営業状態が悪かつたからこそ担保の設定を求めることができなかつたのであり、原判決は銀行から融資を受けられないような営業状態の良好でない貸付先を相手にして金融業を営んでいる中小の金融業者の貸付の態様を全く無視するものである。

(ハ) 更に原判決は上告人の貸付先について「控訴人が資金を貸付けたのは、小河内観光、合同印刷(株)、(株)静わさび、(株)森島直線工業所の四社に限られており、貸付当時控訴人は、小河内観光、合同印刷(株)、(株)静わさびの代表取締役の地位にあつたのみならず、この三社の最大の株主であつた。また森島直線工業所の代表取締役森島万次郎は、小河内観光の株主で、かつ同社の取締役であつた。」(四頁裏)と認定してこれも原判決の趣旨からみると上告人の貸付の事業性判断の否定的材料と判断しているようである。貸付先が四社であつても貸付金額が非常に高額であり、貸付の期間が六年余の長期に亘つていることは(イ)に述べたとおりでありこのような場合に貸付先が四社であることを事業性判断につき否定的材料と評価することは誤りである。また上告人と貸付先との関係につき上告人が貸付先会社の株主、代表取締役であつたからといつて上告人の貸付行為の事業性判断を左右する材料とするのは誤りである。親近者とか友人に非継続的に小額を好意的に融資する場合と上告人の貸付行為とは全く類型を異にするものである。まして貸付先の会社の代表者が他の貸付先会社の取締役であつたという事実をもちだすのは論外である。

(ニ) 以上を総合してみると上告人の継続的貸付行為の事業性判断の前提事実として原判決が認定している事実は以下のとおりであるがこのような場合にも「事業所得」に該らないと判断した原判決は所得税法二七条、三五条、五一条二項、四項の解釈適用を誤つておりこの点が判決に影響を及ぼすこと明らかである。

〈1〉上告人は昭和三四年から四〇年までの七年間に三〇回に亘つて継続的に総額四〇六九万五一四六円を貸付けてきた〈2〉右貸付からの利息収入が上告人の各年度の総収入金額に占める割合は一二・七%ないし二三・二%以上である(この点については上告人が控訴審で明確に主張しているにもかかわらず原審は明確には事実認定をしていない)〈3〉右貸付金資金の主要部分は上告人が中央信用金庫駒形支店から借り入れたものである〈4〉上告人は合同印刷(株)の一隅で右貸付の事務を高橋堅二、高橋睦子の二名に執らせていた〈5〉上告人の貸付先は四社である〈6〉上告人は右四社のうち三社の株主で貸付当時右三社の株主で貸付当時右三社の代表取締役であり、残る一社の代表取締役は右三社のうちの一社の株主で取締役であつた〈7〉右貸付は債務に関する証書を作成せず(但し手形貸付である)物的人的担保をたてないでなされた〈8〉上告人は金融業者の届出をしていないし、金融業の宣伝、広告もしていない〈9〉上告人は独立した事務所を有せず、高橋堅二、高橋睦子は専任の事務員ではなかつた。

――以上の事実のうちで〈4〉、〈8〉、〈9〉は考慮すべきでないこと1.に述べたとおりであり、仮にこれらの事実をも考慮に入れるとしても右に掲げた事実の中で最も重要な事実は同一行為の継続性とその規模に関する〈1〉、〈2〉、〈3〉、〈5〉の各事実であることは何人も異論のないところであろう。本件が大規模な継続的な貸付行為であることは明白であり、本件の如き場合に事業性を否定した原判決は経済的実質的判断の見地からはずれたあまりにも形式的恣意的な判決であること縷々説明したとおりである。

第二点 原判決には憲法三〇条違反、審理不尽の違法がある。

1. 原判決は本件更正決定処分が昭和二六年国税庁基本通達九三(一)但書、(二)に違反しているとの上告人の控訴審での主張を対して「国税庁長官の基本通達は、一般的な基準を与えることにより、法律の解釈をできるかぎり統一し、もつて所得税の賦課徴収という行政事務の処理の円滑を図るとともに、その取扱いの不均衡を是正するため発せられたものであつて、裁判所が法令解釈、事実認定をなすに当つて一応の参考資料となるものにすぎない。およそ金銭の貸付から生ずる所得が事業所得に該当するか否かは、その貸付の相手方、貸付の目的、貸付口数、貸付金額、利率、担保権設定の有無、貸付資金の調達方法、貸付のための施設および広告宣伝の状況その他諸般の状況を勘案して判定すべきものであつて、国税庁長官の発した昭和二六年基本通達九三(一)但書、(二)に該当する事実があるからといつてそのことのみから直ちに事業所得に該当するものと判定することは相当でない。」(三頁表~裏)としている。もとより通達は上級行政庁の下級行政庁に対する命令示達の一形式であつてそれ自体法規としての性質を有するものでないことは原判決の説示するとおりであるが、通達によつて示達された内容が税務執行において長年継続的に実施され、当該通達がその内容において合理性を有している場合に右通達に定める要件を充たしているにもかかわらず合理的な理由もなくこれの適用をうけないものとされた場合には(しかも納税者にとつて不利益になる場合には)公平負担の原則に反する違法、違憲な処分であるというべきである。

憲法三〇条の趣旨から税務署が恣意的に法規の適用をすることは最も厳格に制限されるべきであり、長年実施されている通達がある場合にこの通達を合理的な理由もなく無視することが許されるならば税務署の取扱いが恣意的なものになるおそれが強い。上告人が前記昭和二六年基本通達九三(一)但書、(二)に従つて昭和四〇年度の所得申告をしたのを被上告人が何らの合理的理由もなく右基本通達の内容と異なる基準でもつて上告人に著しく不利益な更正決定をしたのは公平負担の原則、信義誠実の原則に反し憲法一四条、三〇条違反である。従つて原判決が右合理的理由の存否について何ら言及することなく基本通達は法令解釈の事実認定の一つの参考資料にすぎないと説示してことたれりとしたのは審理不尽の違法のりをまぬがれない。(大阪地裁判決昭和四四年五月二四日-行政裁判例集二〇巻五、六号六七五頁-参照)

2. 被上告人の本件更正決定処分は「疑わしきは課税せず」の原則に違反し憲法三〇条違反である。

税法解釈上の原則として「疑わしきは課税せず」の原則が主張されているがこの原則は〈1〉法律に疑いがある場合〈2〉課税税要件該当性の事実について課税要件事実の存在自体が疑わしい場合〈3〉具体的事実が課税要件事実に該当するか否か疑いがある場合――の解釈の原則である。本件に即していえば上告人の継続的貸付から生じた所得を雑所得と解することは事業所得と解する場合に比して納税者たる上告人にとつて著しく不利益となることは第一点において述べたとおりである。

このような場合に事業所得と解するか雑所得と解するか疑いがある場合には納税者にとつて不利益を強いられることのないように特段の事情なき限り事業所得であると認定すべきである。然るに被上告人が上告人の継続的貸付が前述の国税庁基本通達が事業所得として認定するために要求していたにも拘らず本件更正決定にて事業所得とは認め難く雑所得であると判断したのは憲法三〇条に違反する。

以上のとおり原判決には憲法違反、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の解釈の誤り、理由不備の違法があるので破棄されるべきである。

以上

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